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【第一回】プロローグ

日本で初めて記録された、過労による自殺!?

「万葉集」第三巻 443 、長歌 ( 挽歌 ) 、「天平元年己巳、摂津国の班田の史生
丈部龍麻呂が自経死し時、判官 大伴宿禰三中がよめる歌一首」の一節より。

… ( 省略 ) …
難波國尓 荒玉之 年經左右二 白栲 衣不干 朝夕 在鶴公者 何方尓 念座可 欝蝉乃 惜此世乎 露霜 置而徃監 時尓不在之天

( 意訳:難波の国で、何年も白袴の衣も洗う暇もなく朝夕となく忙しく働いている君 ( 丈部竜麻呂 ) は、何を思ったのか、この世を置きて去ってしまった。まだ死ぬべき時ではないのに…… )

新連載の冒頭から、なんとも仰々しくて恐縮です。これは史実に残る最古の、過労を苦にした自殺を詠んだ歌といわれているものです。歌詠み人は、自殺した丈部竜麻呂 ( はせつかべのたつまろ ) の上司であった大伴三中 ( おおとものみなか ) 。

東国から召し出された竜麻呂は、平城京の警備員から登用されて摂津国の書記官に異動となりました。しかし、新しい仕事はかなりの激務ぶり。洗濯する余裕すらありません。心身ともに疲れ果てた竜麻呂は、とうとう自らの首をくくってその命を絶ちます。

変わるものと、変わらないもの

不易流行。 時代とともに変化するものもあれば、変わらないものや変えてはならないものもあります。人と人との交わり、人と仕事との関係においても、それは同じ。人の喜怒哀楽の感情は、 1300年前も今も、そう違うものではないことを「万葉集」の歌々は教えてくれます。

能力主義から成果主義へ、そして成果主義の運用の稚拙さを猛省しはじめた最近の人事業界。 人事制度も 時代とともに 変遷しています。

【参考】人事制度の歴史的変遷

しかし元をたどれば、「昇格制度」も「給与制度」も、もちろん「評価制度」だって、日本には 1300 年前から存在していました。採用から教育、配置、人事考課、賃金まで幅広く、そして重要な業務を抱える人事部門。 1300 年前の古代国家では「式部省」という名の省庁が、文官 ( ホワイトカラー ) の人事部門の役割を担いました。 1300 年前から、パートタイマーはいるのですよね、タイムカードだってちゃんとあった(紙ではなく木簡ですが)。 そうそう、当時の方が今よりずっと格差社会ですよ。部長級クラスが当時の価値で年収2億円くらいもらっているのに、ヒラは年収60万円くらいだったりしたわけですから。

こうやってみていくと、今、人事の世界にあるものはほとんど、 1300 年前にはその原型がみられます。人事諸制度は時代とともに形を変えるとはいえ、その存在自体はやはり必要なものなのだろうと思えます。なぜって、不要なものなら、時代の中で淘汰されていただろうから……。今なお「ある」ということは、存続している価値があるはずです。

この連載の中では、毎回、さまざまな人事諸制度を 1300 年前のそれと比較し、その存在価値を考えていきたいと思います。なお 1300 年前当時、いわゆる給与を支給された職業=サラリーマンは、役人=公務員だけですので、あしからず。

第2回である次回は、「求められる人物像」についてとりあげます。

【追記】ストレス・マネジメント

冒頭の挽歌に関連して。竜麻呂は仕事量の多さがストレスだったようですね。確かに日常にはさまざまなストレス要因がありますが、ストレッサ ( ストレスの原因 ) そのものを完全に取り去ることはできませんし、程よいストレスは生体の維持のためにも必要です。ですから、ストレス・マネジメントは、ストレッサの除去ではなく、対処の仕方に重点を置くものです。

 この対処にはさまざまなものがありますし、個人差もありますが、最も効果的な方法は「社会的支持」だといわれています。つまり、何かあったとき、困ったとき、支えてくれる人が近辺にいるか否かです。

竜麻呂が上司である三中に、その心中を相談できていれば、この歌は詠まれることはなかったかもしれません……。

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