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【第七回】写経プロジェクトにみる律令官人の仕事ぶり

「現物」で「年2回」払いの原則!?

国家において求められる人物像、だからこその人材育成、そして人事考課と、その処遇たる昇進昇降格、賃金システムについてご紹介してきました。ここからは、ちょっと目線を変えて、当時の官人の業務や労働環境などに目を向けてみることにしましょう。

1300年前、国は「写経所」を公的機関として設け、大量の経典を写経させていました。仏教の教義の基礎を守るため、さまざまな仏事に供するために、大量の経典が必要だったのです。そりゃあ、今みたいにコピー機はないですからね(笑)。正倉院文書には、この写経プロジェクトに従事した官人である「写経生」51名の仕事ぶりが、少なからず残っています。

「大日本古文書」第十一巻より……。

梵網経二巻 上廿四巻 下十八巻。用紙一千六百卅二張二度。
呉原五十八張 上馬甘四百廿六張 若桜部梶取三百六十五張
飯田石足二百七十三張 工石主三百五十三張 大伴蓑万呂百五十七張
八月四日検上馬養

(意訳:梵網経 42巻(上24巻 下18巻)、用紙1632枚(再校)。呉原は 58枚、上馬は426枚、若桜部梶取は365枚、飯田石足は273枚、工石主は353枚、大伴蓑万呂は157枚、の仕事を行なった。8月4日、上馬養が確認した。)

1張は今の 400字詰め原稿用紙1枚とほぼ同じ字数なので、かなりの作業量をこなしていたことが分かります。また、仕事量の個人差が大きいのも面白いですね。このプロジェクトの報酬は時給制ではなく歩合制でしたから、頑張ったら頑張っただけの見返りもあったわけです。

そしてもうひとつ興味深いことには、呉原さんと、上馬さんは、管理職であることが分かっています。上馬さんの仕事量は群を抜いていますね。上司自らが率先して仕事をこなしていたのかもしれません (呉原さんは、いわゆる管理業務をより仕事の中心として行なっていたのかもしれませんね(笑)……)。

質より量か、量より質か。

もちろん、仕事は量をこなせばいいというものではありません。当然、質が伴う必要があります。

「大日本古文書」第三巻より……。

一正経人充布施法 毎一行堕折紙四張
  毎五字堕折紙一張 毎廿字誤折紙一張

(意訳:写経の書写ミスがあった場合、脱落1行で4枚分。脱落5字で1枚分。誤字20字で1枚分のナルティー(取り消し)を課す。)

これらは写経プロジェクトに関わる史料のほんの一部に過ぎませんが、丁寧に史料を読み解いていくと、何をいつまでにどのレベルまでなさなければならないかという目標設定が明確であったことが伺い知れますし、チームワークによる業務推進、そして進捗確認、フォロー体制も、きちんとマネジメントされていたことが分かります。

【参考】

なお、仕事の量や質は重要。しかし、仕事のアウトプットには、当然、インプットやスループットが必要です。

彼らの労働意欲や職務行動はいかほどのものだったのか――それは次回のお楽しみということで!

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