2025年8月15日_バンコク@タイ
「白い粒」は確実に検知されます。 スリランカの出国検査時、物々し
本日のキーノートはシモーネ・バイルズ(Simone Biles)さん。会場の冷房の寒さも吹っ飛ぶ。
※史上最も多くのメダルを獲得した体操選手。世界選手権とオリンピックで41個のメダルを獲得。
ホリー・ランサムさんの引き出し方もよかった!
【超抜粋】
【原点:ジムとの出会い】
ホリー:あなたが体操に出会ったきっかけが驚きでした。
小学校の遠足が石油リグに行く予定だったのがキャンセルになり、代わりに体操ジムに行ったとか?
シモーネ:はい、それが人生の転機でした。
もともと私はオハイオで里親制度のもと育っていて、兄がブランコから飛び降りたり、トランポリンで跳ねたりしてるのを真似してました。
でも、それが「体操」だとは思ってなかったんです。
ただ兄がかっこよくて、「私もやってみたい!」って。
その後、私たちはテキサスに引っ越して、養子縁組が決まりました。その遠足の日、嵐がきていて、屋外の油田見学は中止。そこで、先生たちは近くのジムに私たちを連れていったんです。
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【初めてのジム、そして才能の発見】
ジムでは、まず注意事項を説明されました。でも私は、奥のほうでチームの女の子たちが宙返りしているのを見て、「すごい!自分もできそう」と思ったんです。私、真似して勝手にいろいろ跳んでいたんですが、コーチが近づいてきて、「ねえ、体操やったことあるの?」って。
私は「ないです、今日が初めて」と答えたら、「それは普通じゃないわね」って。私は筋肉質な子どもだったので、それにも気づいてくれて、「この子すごいよ」ってお母さん(ジムのオーナー)を呼んできて。その場でまた技を見せてって言われて、やったらすぐに体操教室に勧誘されました。
6歳のときのことです。家に手紙が届いて、両親に「やりたい!」って言って、すぐに入会が決まりました。
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【夢のはじまり:イタリアに行きたい!】
ホリー:その後、体操を「楽しい」って思いながらやってたと聞きました。他の子たちは「オリンピック行きたい」って明確に目標を持つけど、あなたは違った?
シモーネ:そうなんです。私はただ「楽しいからやる」っていう子どもでした。オリンピックのことも知らなかったし、雑誌でたまたま選手たちがイタリアで金メダルを獲ってるのを見て、
「イタリア行きたい!あれやりたい!」って(笑)
それでコーチに、「イタリアで試合に出るにはどうすればいいの?」って聞いたんです。コーチは「それはエリート選手だけが行けるのよ」って。そこから「エリートって何?」って探り始めて、ルールを一つずつクリアして、ようやくそのレベルに上がることができたんです。でも私にとって大事だったのは「イタリアに行くこと」でした(笑)
その夢はかなったし、今では何度も行っています。
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【目標設定とお母さんの影響】
ホリー:あなたとお母さん、毎年一緒に目標を立てていたと聞きました。
そのプロセスについて教えてくれますか?
シモーネ:はい、母はもともと看護師で、パートナーと一緒に18の老人ホームを経営していたんです。彼女はアメリカに来たとき「ただの看護師では終わらない」と決意していました。だからとても目標志向の人で、毎年達成したいことを明確にしていました。そんな母が、私たちきょうだいにも、短期目標と長期目標を毎年書かせていたんです。最初は「将来は看護師になりたい」とか書いてましたけど、体操が上達してくると
「世界選手権に出たい」「オリンピックに行きたい」に変わっていきました。
モチベーションが落ちたとき、自分の目標を見返して
「これが私の目指していることだ」と思い出すことができたんです。
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【プレッシャーと不安】
ホリー:夢が大きくなるにつれて、プレッシャーも増したのでは?
シモーネ:そうですね。特に15〜16歳くらいで最初の世界選手権に出場したときは、怖かったです。周りはオリンピック経験者やメダリストばかり。私は新人で、「場違いかも…」と不安でした。
試合前はいつも気分が悪くなってしまって、最初は「食べ物のせいかな」と思ってたけど、実は「不安(anxiety)」だと診断されました。
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【「誰もあなたに期待してない」から自由になれた】
初めての世界大会、会場で震えていた私に、マルタ・カーロリ(当時の代表的指導者)がこう言ったんです。
「なぜそんなに緊張してるの?」
「これは世界大会よ。TEAM USAよ!」
「あなたはまだ無名なの。失うものなんてない。ここで自分の名前を刻みなさい。」
その言葉に救われました。「そうだ、誰も私に期待してない。だったら思いっきりやろう」って。その大会、私は優勝してしまって、「あれ?ちょっとやりすぎた?」って(笑)
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【ジムは楽しい場所】
ホリー:体操は見た目と違ってかなりハード。やる気が出ないときもありましたか?
シモーネ:ほとんどありませんでした。私はジムが大好きだったし、親から「練習に行きなさい」と言われたことは一度もありません。逆に、学校でしゃべりすぎて注意されると、
「じゃあ練習行かせないよ」と言われて、泣いて抗議するくらい(笑)それくらい、ジムが私にとって大切な場所でした。
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【2013年の挫折と心理的リセット】
2013年の全米クラシックで、大失敗をしました。文字通り「悲惨」な出来でも3週間後には全米選手権で優勝し、さらに2か月後の世界大会でも金メダルを獲得しました。
その間にやったことは——初めてスポーツ心理士に会ったことでした。思春期で感情も不安定だったし、新しい家への引っ越し、車での長距離通学など、負担が重なっていました。
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【自分らしくないとパフォーマンスが下がる】
エリートレベルの体操では、ミスが許されません。
しかも「無表情で、兵隊のように振る舞うこと」が求められていたんです。でも私はそれができない。陽気にふるまって、友達と話して笑って、楽しくやりたいんです。それが「やっかいな子だ」と受け取られて、代表チームから外されたこともありました。でもその悔しさから、「絶対に見返してやる」と決めて、すべての大会で勝つようになりました。そうすると、もう無視できなくなって、チームに戻ってこれたんです。
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【コーチとの理想的な関係】
良いコーチとは、「コミュニケーションを大事にする人」だと思います。初代コーチは私が6歳のときから19歳まで担当してくれました。
彼女も私もエリート選手の経験は初めてで、一緒に成長してきました。リオ五輪のあと、彼女はフロリダへ移住し、私はテキサスに残りました。そこで、新たに選んだのが今のコーチ「セシル&ロラン夫妻」。彼らは私に、こう言ってくれたんです。「あなたならできる」その一言が、どれほど私の背中を押してくれたか。
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【東京五輪での勇気ある決断】
「ツイストイズ(twisties)」——
頭と身体の動きが一致しなくなる現象が起きて、空中で何回回るかが自分でも分からなくなる。これは命に関わります。だから、私は競技から退きました。以前の指導体制だったら、そんな決断は許されなかったでしょう。当時は「どんな状態でも出場しろ」が当たり前だったんです。でも東京では、コーチもドクターも家族も、全員が「大丈夫、君の判断は正しい」と言ってくれました。
そのとき、私は生まれて初めて、「私は金メダル以上の価値がある」と感じたんです。
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【その決断が与えた影響】
東京では、他の国の選手たちが私に近づいてきて、こう言ってくれました。「あなたの行動のおかげで、コーチに気持ちを伝えられた」「セラピーを始めた」「引退後に休みを取る決意ができた」
自分の行動が、世界中の誰かの勇気につながっていたことを知り、涙が出ました。
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【日々のメンタルケアと未来】
東京以降、私は「メンタルヘルスは歯磨きやスキンケアと同じ」と考えるようになりました。試合のある日は、朝練→帰宅→セラピーというルーティンを組んでいます。また、「Friends of the Children」という里親支援団体とも連携し、子どもたちに継続的な支援者をつける仕組みを広げています。今ではアメリカに40以上の拠点があります。
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【ラストメッセージ】
ホリー:最後に、ロサンゼルス2028への出場はありますか?
シモーネ:応援には行くと思います。
競技者としてか、観客としてかはまだ分かりません(笑)
今は夫(NFLシカゴ・ベアーズの選手)のサポートと、将来の家庭計画のことも考えています。
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【まとめ by Holly Ransom】
あれだけの実績を残しながら、「楽しさ」と「自己理解」を何より大切にしてきたSimoneの言葉には、多くの学びが詰まっていました。
コーチング、心理的安全性、多様性、そしてレジリエンスに関するヒントが、私たちタレントディベロップメントの専門家にも大きな示唆を与えてくれました。