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【第十回】今昔から、未来を推測する?

チームワークに不可欠な要素

奈良市の奈良国立博物館で、毎年、文化の日前後に「正倉院展」が開催されています。
私も歴史を専攻していた学生時代から、毎秋の定例行事として奈良に出かけています。
たくさんの人だかりができる展示は、やはり聖武天皇遺愛の品や、皇族・貴族たちの献納品など、美しい宝物の数々。
1300年前の宝物があれほど美しいままに伝えられていることに、多くの人が目を奪われます。


しかし、私たち歴史を学ぶ学生が食い入るように見たのはきまって、「正倉院文書」といわれる文書類。
こうした文書の断片をつなぎ合わせていくことで、歴史が紐解かれることになるからです。


さて、最終回となる今回は、
私が歴史を学ぶきっかけとなった一人の女性の生涯をご紹介するとともに、歴史の意味を再考したいと思います。


「万葉集」巻第一より……。

よき人の よしとよく見て よしと言ひし 吉野よく見よ よき人よく見

意訳:
昔の人(天武と皇后)が良い所だとしてよく見て「よし」と言ったこの吉野をよく見よ。
今の良き人( 六人の皇子 )もよく見ておくことだ

壬申の乱後、天武8年5月5日の端午の節句。天武天皇は自身にとって壬申の乱ゆかりの地・吉野に、
皇后(後の持統天皇)とともに六人の皇子(内二人は、実兄:天智天皇の子)とともに行幸します。
そこで、六人の結束と連帯を呼びかけ、相互の皇位継承順位を誓約させたといわれる、いわゆる「吉野盟約」。
これはその際に、天武天皇が詠んだとされる歌です。


このときの天武天皇・皇后の思いはいかほどのものであったのか。
組織を組織たらしめているものは何か、組織が崩壊するときの要因は
……今もさして変わらない、人間の業や思いを感じずにはいられません。


【参考】有効に機能する組織の特徴

娘として、妻として、母として、そして国家経営の最高責任者として

実は、ここで行幸に同行をしている天武天皇の皇后、名を鸕野讃良(うののさらら)皇女こそ、
私が歴史を志すきっかけとなった女性、その人。
天智天皇の娘として生を受けた彼女は、父親の実弟である大海人皇子(のちの天武天皇)の妃となり、草壁皇子をもうけます。
その頃から、皇位継承をめぐって夫と父の仲が悪化。夫は東宮(皇太子)を辞し、父の死後は吉野に逃れます。
壬申の乱を経て、父が即位してようやく安泰、と思いきや、皇子:草壁皇子が即位する前に早世。
数年の称制を経て、自らが女帝として即位しました。持統天皇です。
統治者の娘として、愛する人の妻として、そして母として、最後には自らが統治者として、
時代に翻弄されながらも、様々な役割や立場において、自らの意思をもって時代を駆け抜けた鸕野讃良皇女。


キャリア心理学者:ドナルド・E・スーパーの「ライフキャリアレインボー」理論によれば
人間には“8つの役割”があるとされています。


幼少期は息子・娘の役割がほとんどですが、やがて学生の役割を担うようになります。
成人すると、職業人としての役割に重点をおき、余暇を楽しむ人としての活動を少なくする時期があるかもしれません。
その後、配偶者としての役割を中心に考えるようになったり、
あるいは職業人兼学生として、キャリアアップにエネルギーを注ぐ時期があったりもするでしょう。
その時々で、自分で優先順位をつけ、自分でウエイトづけできていればいいわけです。


私たちは自分の人生の主役です。そして、誰かの人生の脇役です。
それが往々にして、誰かの人生でも主役のように振舞ってしまう。
人事パーソンは、このことを肝に銘じて、社員の方々の人生に関わらねばならぬ、と私は思っています。


「万葉集」巻第二より……。

高光る 我が日の皇子の 万代に 国知らさまし 島の宮はも

意訳:
光り輝く我が日の御子が、この島宮で永久に国土を治めるはずだったのに)

まだ二十八才であった草壁皇子の早世。
「万葉集」にはその死を悼む舎人たちの歌が二十三首収められていますが、これは柿本人麻呂による挽歌です。
愛する我が子を失った鸕野の哀しみは想像もつきませんが、その哀しみを本人に成り代わって詠んだ歌といわれています。


鸕野はただただ、一人の子の親として、その死を嘆きたかったはずです。
しかし、皇位継承者を失った国家統治者として、早々に次の継承者を立てなければならないという責任もある。
それはいったい、どれほど苦しいものだったことでしょう。


過去から現在が、未来を紡ぐ

高校の歴史の授業で鸕野と出逢った私は、現代人と変わらぬ「人間」の感情の存在を前にして、
進路希望を「経済学部」から「文学部歴史学科」にあっさりと変更しました。
「経済の方が就職率がいいのに」という周囲の反対を押しきって。


でも、結果的に今、こうして、歴史で学んだことを仕事に活かせているのですから不思議です。
何かの目的のために動くばかりではなく、後から自分のやってきたことに意味づけをしてもいいのだと、
偶然を必然化するのは自分だと、痛感しています。


【参考】スタンフォード大学:クランボルツ教授「計画された偶発性」
(Planned Happenstance Theory)理論より

歴史家E.H.カーは「歴史は、現在と過去の対話である」といいました。
歴史は、私たちを遠い過去へ連れ戻すものではなく、
過去を語りながら現在が未来を紡いでいく、その尖端に私たちを立たせるもの、だと思います。
単に過去を知るのではなく、その過去を「どう見るか」が、今、問われているのだと思うのです。
少なくとも、私の中の「歴史」はそういう認識です。


さあて、今回はついつい長くなってしまいましたね。
ここまで十回にわたり、お付き合いいただき、ありがとうございました。
この拙稿を機に、少しでも、
人事の歴史に浪漫や未来を感じてくださった方がいれば、嬉しい限りです。


感謝多謝、再見。


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